駒鳥です。
先日、ツイッターで話題になってたのですが、
スピ系があちこちで増殖し、信仰者を獲得しているという話。もはや宗教だが、「むしろ宗教になると信者が嫌がるので宗教法人は名乗らない」とか。面白い傾向。/妻がいつのまにか教祖・信者に!? 個人が新興宗教化する時代 https://t.co/rIeHeofV8r
— 佐々木俊尚 (@sasakitoshinao) 2017年8月20日
インターネットの登場で、個人がある程度のカリスマ性を発揮する機会は増えている、と思います。
そのカリスマ性の一つの形として、スピ系なんかもあるのはおそらく間違いないかと。
信者を獲得する個人
信仰者を獲得する個人が増えているのはあるかもしれません。個人の知識をサービスと販売できるココナラというサービスには、そういうカテゴリがあってそれなりに取引されてそうです。https://t.co/vIQFeA6TpQ https://t.co/fufrptDLGl
— 駒鳥 (@5er1n) 2017年8月21日
私もSEOとかSQLとかのスキルを出品していますが、ココナラでは、「ヒーリング・スピリチュアル」の項目が存在し、取引が行われています。
こういった世界では、個人が教祖であるかのように発言力を持っていて、いわゆる「信者」を獲得しています。
・・・「信者」という書き方をするとピンとくる方もいるかも知れませんが、宗教・スピ系に限らず、個人が発言力を持つことはネットの世界では珍しいことではありません。
小さなカリスマたちがいるなかで
特にSNSが発達してから、誰でも比較的簡単に、ちょっとした有名人になることができるようになりました。
それだけ「有名人」の敷居が下がったとも言えるかもしれません。
かつての浜崎あゆみのような圧倒的なカリスマじゃなくて、
特定のコミュニティや特定の分野でよく知られている、小さなカリスマがたくさんいます。
ブロガー、YouTuber、あるいはネットアイドルなどもこれに当てはまるかもしれません。
彼らは全国のいろんな層に指示されているというわけではなく、特定の人たちに対して発言力を持っていることが多いです。
ちなみに、それを悪いこととは思っていません。
個人の趣味趣向も細分化されてきていますし。
特定の分野であれ、発言力があることはとても良いことで、自分もアウトプットする力をもっとつけたいと思っているところです。
自分と似た興味を持つ層に対して発言力のある人たちの言葉、文章を目にする機会も増えてきました。
「この人の発言は共感できることが多くて素敵だなあ」と思うことも。
ただ、自分自身が妄信的、熱狂的に誰かの信者になってしまうことは避けたい、と考えています。
「○○さんの言ってることだから正しいに違いない」と思い込んでしまうと、それは逆に自分の視野を狭めることになります。
共感できるところは共感するけど、共感できないところは無理に合わせる必要もない。
いろんな人の話を聞いて、自分なりに噛み砕いていくのが大事。
インターネットの世界では情報量が多すぎて、流されてしまいがちですが、自分で進むべき方向を見つけることも大事だなと思います。
それでは。
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