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ふわふわ伝える。

駒鳥です。

昨日、LIFEMAKERSに参加してきました。

ピース又吉さんの火花など担当された編集者、浅井さんのお話を聞ける会。
全くの異業種で、そもそも編集者の仕事が何をすることなのか見当もつかない中、とにかく話を聞いてみよう。
LIFEMAKERSいいなと思うのは、普段絶対お話を聞けないような人の話を聞くことができる点ですからね。

(参加のために仕事を若干速く切り上げて退社したのですが、なんと日付を1日間違えて、前日にも開場付近まで足を運んでいました。
 二日連続早めの退社でちょっと申し訳ないような気分になったり。ちょっとだけ。)

言葉にしない

話の中で浅井さんは、ご自身は説明するのが下手だ、とおっしゃっていました。
話をしていても「何言ってるかよくわからない」と言われる、と。

浅井さん自身はそれを少しネガティブに捉えられていたようです。
ですが佐々木さんはそれを聞いて、「いや、それはいいところなんじゃないの」と。

明確に言語化してしまうと、その言葉の通りにしか相手には受け止められなくなってしまう。
でも、「言語化できない」ことで、伝えようとしたAという概念の周りに付随するA`やA“も一緒に相手に伝わる。

つまり、相手にとっては解釈する余地のある伝え方になる。
確かにそれは一種の分かりにくさ、なのかもしれないですが、場合によってはメリットとなり得るな、と、お二人の話を聞いて思いました。

考えてみれば人の心、感情も、びしっと言語化するのは不可能・・・というか、言語化しきってしまうと面白くない。
ふわっとした想いをふわっとしたまま伝える、受け取ることは、コミュニケーションの中では一つの価値になりうるな、と感じます。

一方でWebの世界では、特に自分は今プログラムを書いたりするので、いかに抽象的な概念を言語化するかが、仕事をする上で重要となります。
概念を説明すること。サービスに落とし込むこと。それを実現するロジックへ落とし込むこと。

自分の仕事とは完全に真逆な仕事で、聞いていておもしろかったです。

言語化することは大事。伝わらない、意味が分からない状態ではいけない。分かりやすさは重要です。
一方で、言語化しきらないことも同様に大事。
ふわふわ、もやもやしたものをその形のまま伝えることも一つの能力、と言っていいのかもしれないですね。

それでは。

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