「かわいそうなひとたち」

雑記

駒鳥です。

buzzfeedの記事を読んで考えさせられる。

福島の高校生に「不幸」を押し付けていませんか 「普通じゃないけど普通です」

消費される「かわいそうな人たち」

メディアが書きたいように話させようとする、言ってもいないことを書かれたーー。

書く側としては、やはり福島の人たちを被害者のように見せたいというのがあるんだろうなあ、と思うと悲しくなります。
そう見せた方が売れるから、というのもあるのでしょうね。
つまり、記事を読む側の自分たちも、「かわいそうな福島の人たち」をコンテンツとして消費している節があるのだろうと思います。

「かわいそうな人たちを見ること」をコンテンツとして消化する人って結構いるんじゃないかと思います。
あの人はかわいそう、ということで、自分は決してそうでは無いとでもいいたいかのような態度の人。

噂や好奇心につられて、そういった「消費」をする人は多分珍しくない。

「かわいそう」という言葉を多用するのは、聞いていてあまりいい気がしません。
本人の意思や気持ちを無視して「かわいそう」認定をしているように見えてしまうんですよね。

記事に出てくる高校生たちも、そういう圧力を感じたことがあるんじゃないかな、とメッセージを読んで思います。

それでは。

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