教養という考え方が好きな2つの理由

2018年7月10日情報と暮らし

駒鳥です。

SUSONOが誕生する前、LIFE MAKERSというコミュニティに入っていました。

当時、このコミュニティのメインテーマは、「教養」でした。

僕はこの「教養」という考え方がとても好きです。
今日は、その理由をお話しします。

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教養って何なのか

教養とは、そもそもなんなのか。

教養・・・学問、幅広い知識、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力。
また、その手段としての学問・芸術・宗教などの精神活動。
引用元

定義を見るならこんなところです。

「教養」という概念そのものがふわふわしていて、輪郭を捉えにくいのですが、僕なりに言語化すると、

  • 幅広い知識
  • 多角的な視点
  • そうあろうとする姿勢

というところでしょうか。
3つ目の点も、大事な要素です。

貪欲に知ろうとしている人、吸収しようとしている人も、教養人なんじゃないかと思うのです。

では、教養という考え方がどうして好きなのか。
理由は2つあります。

日々の暮らしをより楽しく、豊かにしてくれる

まず1点目。
教養があると、日々の暮らしがもっと楽しくなると思います。

例えばメタルギアソリッドVをプレイして、
「これはジョージ・オーウェルの【1984年】の世界そのままだ」
と気づける人は、それを知らない人よりも作品を楽しめていると思うのです。
(分かりにくい例ですみません笑)

参考リンク:本当にヒューイは裏切者だったのか?『MGS5』と『1984年』 前編 (メタルギアソリッド5:ファントムペイン考察)

こうした「気付き」「引き出しの多さ」こそが教養だ、と大学時代に教授が言っていたのを今でも覚えています。
単に雑学なんじゃなくて、いろんな知識をつなげて考えることができることこそが、本当の教養なのだと。

自分の中のいろんな知識が繋がるのは楽しいし、そうした人の話を聞くのは面白くて好きです。

教養によって視点が広がり、日々の暮らし、その中で出会うモノ、出来事がより楽しく、豊かになる。

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教養があるから、新しいことにチャレンジできる

2点目。
教養があることで、新しいことにチャレンジできるようになる。

1つ上の段落で、「いろんな知識をつなげて考えることができることこそが、本当の教養」と書きました。

自分の中の知識と知識をつなぎ合わせて、多角的な視点で物事を見ることで、新しいアイディアが生まれてくる。
そのアイディアが実現したらどうなるのか知りたくて、それを形にしようと挑戦する。

知識は資産だ、と言ったりもしますが、その資産があるから、それを使った新しいチャレンジができる。

「教養」「学校の勉強」は意味の無い無駄なものなのか?

教養に対するネガティブな意見として、
「必要ない、無駄」
というのはよく聴きます。

「教養」を「学校の勉強」に置き換えた言葉もよく聴きますね。

ただこれは違うんじゃないかと思っています。

なぜなら、将来どんな知識や能力が必要なのかなんて、この変化の速い時代、誰にも正確には分からないからです。
今、必要最低限な知識、能力しか持たないなんてあまりにリスキーだし、多分面白くない。

だから、最終的に無駄であったとしても、教養を身につけることは意義のあることだし、やはりその姿勢・意識は大切だよなあ、と思うのです。

そして何より、知ることは楽しいです。
自分の知らない世界、見えない世界のことを知るのは楽しい。
そこから生まれる新しい発想やチャレンジも、とても楽しいのではないかと思います。

それでは。

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