「普通」には縛られない。

雑記

駒鳥です。

ホームレス体験をしてみたというこの漫画が面白かったです。

極寒の池袋で炊き出し&野宿体験! リディラバのホームレスを体験するツアーに行ってきた。

個人的に「お」っと思ったのは、
「普通に暮らすってすっごく大変なんじゃないだろうか」
という部分です。

普通ってなんだ

普通に暮らすって、一体なんなんでしょうか。
漫画の中でもちょろっと出ているように、仕事をして、結婚をして、家族仲良く暮らすことでしょうか。

普通の家庭、と言う言葉であれば、そういうイメージなのかな、と思います。
でも今の時代って、それは本当に難しいよねって思うんです。

いわゆる晩婚化が進む時代。
同性婚であったり、そもそも結婚しないという選択肢も、今では当然だし、社会的にもそれらの選択は認められ始めています。

働き方もどんどん多様化している。
漫画の中にあるように、働きたくても働けない人もいる。
働いている人の中には、現在のウェブ社会の特徴をうまく生かして、自分のスタイルで働いている人もいる。

憲法改正の草案で、家族についての記述があって話題になりました。
でもそこに記された家族の形も、ほんとに近年になって登場したものであるのに、家族の基本形のように言われているにすぎない、という指摘もあります。

どれにしても、ある一つのパターンを、「これが普通だよ」なんて言うことはできません。
それは言い換えれば、「普通のパターン」を選ばなかった/選べなかった人に、「あなたは普通ではない」と突きつけることになり得るからです。

生活・仕事・家族。これらのスタイルが多様化する流れは今後も加速すると思います。
その流れにあっては、そもそも「普通」を決める意味がありません。

普通かどうかより、自分がどうあるかを考えたい

自分自身に対して、「普通であれ」と願うことに意味はありません。
人並みを求めることにも特に意味はないと思います。

それよりも、自分がどうしたいかや、どうあることができるかを考えた方が、より現実的に感じます。
「これが普通」だと考えてしまうと、いざそれができなかったり、それを選択しなかったときに、「普通は難しい」と、無駄に悩むことになってしまうかもしれません。

周りと違う環境にいたっていいし、違う行き方をしてもいいのだ、と考えるのがらくなんじゃないかな・・・と思う、今日この頃です。

それでは。

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