福島のデマに繋がったコミュニケーションのずれについて考える

雑記

駒鳥です。

buzzfeedの記事で、こういうものを見つけました。
【東日本大震災】なぜ福島デマが残り続けるのか?専門家が勘違いしてたこと

最初は、「なんでこうなるんだろう」と思うような話が書かれていましたが、よく読み進めてみると、「なるほどな」と思うんですよ。

コミュニケーションの「ずれ」がデマを呼ぶ

専門家は、できるだけ丁寧に科学的な知見を説明するが、住人はもっと漠然とした不安なんかを抱えていて、悩んでいる。
科学的な説明としては間違いないのだけど、単に科学的な説明をするだけではコミュニケーションとして「ずれ」ている。失敗していると。
そうした「ずれ」は不信感を生むことになり、やがてその不信感がデマにかわってしまう可能性の指摘。

うーんこれは納得です。
基本的には、一方的に被害を被っている被災者にとっては、やっぱりまず「聞いてほしい」「受け止めてほしい」という想いがあるということなんでしょうか。
そこを理解した上で、コミュニケーションをとって不安を解消していくことが必要なんですね。

専門家と当事者を結ぶハブのような存在はあるのか

ここまで書いていてふと思ったのですが、そういう仲介的なことができる人って、いたりするんでしょうか。
科学者はあくまで科学者、専門家もあくまで専門家なわけで、カウンセラーに近いようなことまでなかなかできないだろうし手が回らないんじゃないかと思います。
ちゃんと科学的知見を伝えたい側と、ちゃんと想いを受け止めてほしい側をつなぐ役割が必要なのかも。。
言わばハブのような役割をこなすことができる人が本当は必要とされているのではないかと思います。
科学的説明ができれば十分、という意識が今、この記事で書かれているような形で顕在化しているのだとしたら、そのハブに焦点を当てる必要があるのかもしれないですね。

それでは。

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