悪意に満ちたネットからの卒業

暮らしと情報

駒鳥です。

先日見かけた記事。

みんなが地獄に落ちる時代

ネットが普及して以降、世の中の悲しみや憎しみ、矛盾、他人を傷つける発言、クズのような人間や会社、そういうものに触れる機会が大幅に増えてしまった。
〜中略〜
僕らはネットによって本当に幸せになれたのだろうか。

うーん。確かに。
ネットが普及して、SNSを通して人の感情にアクセスしやすくなって、人の悪意に触れる瞬間っていうのは、確かに増えたのかもしれない。

けれど、そういう「ネット上の悪意」みたいなものに対する疲れというか、反発みたいなものも少しずつ増えてきて要るんじゃないかなあ、と思います。

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炎上を見たくない、と思う機会は増えた

ネット上の悪意・憎悪ときいてまっさきに思い浮かぶのは、炎上です。

これは個人的な感覚ですが。
炎上を目にする機会が増えたことで、炎上を見たくないと思う機会も増えたように思います。

関連記事:炎上なんか嫌いだ

そして、炎上を喜んで報じている一部のサイトを、意識的に自分のインプットから排除しました。
だからかもしれませんが、炎上とか、ネット上で悪意をばらまくことに加担するのは良くないよね、と考える人が、身の回りに増えたような気がしています。

人の悪意に触れる機会が増えたからこそ、その反発として、そういう「不愉快なもの」をいやがる、という流れは出てきてもおかしくないなあと思います。
統計とっているわけでもないので分かりませんが、もしそうだったのなら喜ばしいことです。

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悪意じゃなくて、優しさのあるネットに

僕は、もっともっとネット上に優しい空間が増えればいいのに、と思っています。

以前も似たようなことを書きました。

SNSに優しさを

もっと緩やかな、そこにいることを許してくれるような優しさが、もっとSNSにあふれていたら良いのになあ、と思います。

ここ最近のムーブメントである、ヘイトスピーチへの反発だったり、metooの運動(?)も、大きくいうと、悪意じゃなくて優しさを求めるという流れの一つなのかなあと思ったり。

今はまだ「反発」っぽい形になっているから、それに対する反発が起きたりする状況なのだと思います。
でも少しずつ、「ネットの悪意は見たくない」「そういうのよくないよね」という感覚が根付いてきている。

そうした感覚の先に、多くの人が、ネットの悪意なんかに振り回されないようになったりしないかなあ、と思っています。

「えー、まだ炎上なんかで楽しんでるの??」
とかなったら個人的には最高。

リアルで周りに対して悪意をばらまいていたら、周りの人はすごく嫌な気持ちになってその人から離れていく。
それと同じことが、ネットでも起きるようになってくるんじゃないかと考えてます。

関連記事:ネット社会での儀礼的無関心が広まってきている?

ネットもリアルも関係なく、優しく生きて生きたいなあ。

それでは。

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